それでも、美しい雨は降る

三瀬夏之介さま

今日、アトリエに向かう山の道すがらに、新緑が芽を吹き出しているのを見つけました。
本当に、本当に、待ちこがれた春がようやく展開しつつあります。
今年の春はとても遅く、もう春は来ないのではないかと思いました。
こんな過酷な環境でも、等しく、恵みの雨は降り注ぐのですね。

あの日は、もう3月だというのになぜか吹雪でした。
震度7に近い揺れはグランドピアノが飛びあがるほどのもので、校舎倒壊を覚悟して校庭に避難しました。
寒さの中、ショックのあまり倒れそうな生徒とともに震えながら、その後何度も襲ってくる余震に堪えました。
しかし、その時点でこの事態の大きさには気づいてはいなかったのです。
その後にもたらされた津波と原発の情報は、想像を遥かに超えるものでした。
いや、宮城県沖地震と原発事故については、多くの宮城県民にとっては想定内ではなかったでしょうか。
備えはあったのです。避難所の指定と備蓄食料や備蓄品、耐震工事、家具の固定や緊急持ち出し用品。
原発についても、地元では根強く反対運動があり、綱渡りのような電力供給に異論はたくさんあったはずです。
備えと疑問と、それでも足りなかったのです。特に津波の規模の大きさは誰にも予想出来ませんでした。
その夜は、真っ暗な中、唯一の情報であるラジオをつけっぱなしにしていたのですが、
海岸部での死体が何百あるとか、孤立して救助を待つというような、冷静かつ過酷な情報が一晩中流れており、
しかも余震が繰り返される訳です。恐怖の上に恐怖の上塗りというか、もう無感情でした。
そう、無感情。ホワイトアウト。自己防衛本能。
しかし、夜中の余震で外に避難した時の、星がなんときれいだったことか。無感情であるのに、星は身にしみるのです。
この夜空の星の美しさにしばし力が抜け、自宅の庭で茫然としていました。
その後、ぼんやりとした感情で、真っ暗な停電をやり過ごし、日々をどう過ごしたのかはあんまりよく覚えていません。
幸いなのは、リアルタイムで津波の映像を見ていなかったことでしょう。これを見ていたら、立ち直れなかったかもしれません。

ごくごくあたりまえの、平凡な日常の中に走る断絶。
この一瞬は、見えている風景だけでなく、自分が生きて来た立ち位置を根本的に揺るがすものでした。

一体何が必要で、何が必要でないか。
個人が死に向かって自覚的に生きるとしたら、どう生きるのか。
こうした現実に美術はどのような役割を果たせるか。

私は美術を「癒し」と言う言葉にすり替えるつもりはないのです。
個人の傷に蓋をするような効果を求めるのではなくて、美術にしか出来ない生活への関与というか、より深い感化があるように思うのです。
それは、音楽のように直接的で具体的なものではありません。美術はとてもスローなのです。
よい薬は、ゆっくり、ゆっくり確実に効いてくるものなのです。

今回の出品作品のタイトルは「それでも、美しい雨は降る」です。
『それでも人生にイエスと言う』フランクルに敬意を表して。『夜と霧』の作者の、希望の書です。

あの日の夜明けは、本当に美しかったのです。

夏之介さんは、阪神淡路の大震災を経験され、大変な影響を受けていたと読ませていただいていたのですが、
今回の再びの地震に際してどのようにお思いになったのか、心を痛めておりました。
もし、可能でしたら返信をいただければと思います。


多田由美子

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