「方舟計画」に寄せて。

「東北画は可能か?」という問いかけに、簡単に答えることができる人はおそらくいないでしょう。なぜなら、まずその答えを導くためには「東北画とは何なのか」を考えなければなりません。そこで今の私が考える東北画とは「今、ここで私が生きていることの証」のようなものだ、ということです。

東北(地方)という言葉は、一般に日本列島の本州東北部にある青森・岩手・秋田・宮城・山形・福島の六県のことを指しますが、これは同時にある一点を「中央」に設定することによってこれらの土地が「東北」と名付けられているということでもあります。ここで東北画に話を戻すと、ではこれはある離れた中心から捉えた「東北」を表現した絵のことを指すのだろうか、という疑問が浮かび上がります。
しかしそうではなく、私は自身が生まれ育ち生活を営む「ここ(福島、山形)」を中心に設定することが、まず東北画を描くことの前提であると考えました。他の離れたどこかから相対化された東北の姿を描くことは、生まれ育ったこの土地と自身の絆を一度断ち切ることのようで、それは今の私にはとても困難なことのように感じます。

「方舟計画」は「ここ(東北)から未来に遺していきたいものは何なのか。」をテーマに東北芸術工科大学の洋画・版画、日本画コースの学生総勢10人が制作した、およそ横380cm×縦255cmの大作です。メンバー召集がかかったのが2月の末のことで、支持体に描き出す前にメンバー内で取材やミーティングを繰り返し、私が作品の全体像のエスキースを描いたのが3月10日の夜のことでした。


matuzaki.jpeg


このエスキースには制作者それぞれが未来に遺していきたいものを描くための「器」なのだ、という意図があったのですが、最終的に作品の段階でもつい私個人の主張が強くなってしまったようで、もっと全員でああだこうだと言ってぐちゃぐちゃとやり合ってもよかったのかもしれません。(方舟メンバーはガッツも技術もあって頼れる仲間だなあ、と思っているので。)
私がこの作品を描きながら考えていたのは、人間と土地との断ち切れない絆(風土)のなかにこそ、魂が宿るのではないか、ということです。風土に生まれた魂は時空を超えて、姿かたちを変容させながらも後世に受け継がれていくのではないでしょうか。私はそれを未来に遺していきたいと考えたのです。

3月11日に東日本一帯で大きな地震が起こってからおよそ2カ月が経とうとしていますが、震災後の東京でこの作品が人々の目にどう映るのかを知りたいと思っています。自身が座談会に出席できず悔しい思いをしているのですが、それは、今回の展示会場で交わされた言葉が私たちの糧となるというのに、それを聞くことができないからです。だから展示を観に来てくださった方々には、もしギャラリーに東北画のメンバーがいたらぜひお声掛けをしていただきたいな、と思っています。

                   東北芸術工科大学 洋画コース 松崎江莉(福島県出身、現在山形県在住)

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