FC2ブログ

方舟計画。

 一年前から僕が勤務する東北芸術工科大学では「東北画は可能か?」というチュートリアル活動をスタートさせていました。これは全国各地から縁あって山形に集まってきた学生たちと共に、ここ東北地域における美術のあり方をディスカッション、勉強会、講評会などを通して考え、作品を制作し、展覧会という形で巡業するというもので、すでに多くの作品が仕上がり、東京、山形、宮城、青森などでの展覧会を終えていました。
 今年は夏に奥会津でのレジデンス事業に参加して、地域の方々との交流も含めながら「縄文」「方舟」というテーマで共同制作し、会津・漆の芸術祭で発表するつもりでしたし、11月には気仙沼のリアスアーク美術館での展示も予定されていました。
「今年の夏は忙しくなるぞ!」と学生たちと話していた矢先の3月11日14時46分、あの大地震が起きたのでした。

 4月になり、比較的被害の少なかった山形では物資やガソリンもようやく平常時に近い供給が行われるようになってきています。学生たちも、被災地や避難所へボランティア活動に向かうもの、長期的な支援を考えるもの、そして制作を進めるものと動き出したものの、やはり続く余震、予断を許さない原発、そして劇的に変化するであろう未来への不安と緊張が隠せません。そしてそれは僕も同じです。
 被災地からほど近いこの場所では、『つらい、しんどい』という言葉がまるで禁句のようで、みんなが心の中にしんどさを隠し持ちながら、他者のために動き続けています。

 そんな忙しい中、チュートリアルメンバーが再び集まり、共同制作「方舟」の制作が再開しました。
 地震前から多くの人が感じていた未来への閉塞感、何か大事なことを先延ばしにしているような感覚、価値基準の多様化と並立化、そんな中から次代に残すべきもの、感情、仕組みなどを「方舟」に託して描き上げようという思いは311以降ほんとうに切実なものとなりました。



 これからアートの立ち位置も変化していくことでしょう。まずは被災者たち(日本のすべての人かもしれない)を癒す効果のあるもの、新たなるコミュニケーションを誘発させるような仕組みをもったもの。もうそれはこれまでのリレーショナルアートやデザインの域をはるかに超えていくのかもしれません。
 でもけっしてそれだけではない。アートは刻み残された記憶でもあるのです。
 絵とそして自分と対峙すること。孤独や無情を思い知ること。このどうしようもなく隠しきれない気持ちをしっかりとトレースし定着させて残していくこと。それもアートの大きな役割のひとつだと思います。
 
 今東北に絵を描くものはいるし、東北をモチーフとした作品があることも知ってほしい。

 東北画は可能か?の仙台展のトークゲストで、宮城で被災した多田由美子さんからメールをもらいました。


三瀬さん
凄いタイミングで、メッセージをいただきました。
というのは、今朝いろいろと考えて「東北画は今だからこそやらなければならない」とふと思って三瀬さんに連絡しようとしていたところなんです。
不思議ですね。

宮城の現状も福島も、本当に目も当てられないというか言葉がない状態です。
しかし、ここで、美術に何が出来るかは、作家としてきちんと答えを出さなければ
ならない、そういった結論に辿り着きました。
だから、今「東北画」は大切なのです。
リアスで秋に可能ならやるべきだし、場所的に難しいなら、他の場所で方法を検討して
やるべきです。
何だか、個人的に「東北画」に関わって、それが他人事ではなくなり、
今では積極的に関わろうとしているのが不思議です。
たぶんそれは、私の問題でもあるからだと思います。
手助け出来るところは、いくらでも手助けさせてください。
学生とも関わっていきたいと思います。



 そして僕の所属しているイムラアートギャラリーが急遽スケジュール調整をしてくれて発表場所となり「東北画は可能か?」を開催することになりました。本当に感謝しています。 


希望も絶望も無常も不安も喜びも悲しみも全部方舟にのせて、いつか必ず会津に上陸し、再び東北を巡業したいと願っています。
展覧会の詳細はまた告知しますね。


「 東北画は可能か? ~方舟計画~ 」
場所(イムラアートギャラリー東京)
会期(予定):5/7(土)→5/21(土)
DSC602.jpg
                                             


コメント

非公開コメント

最新記事
twitter
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク