会津漆の芸術祭エクスカーション その2

濃い一日目に引き続き二日目!

午前中は福島県立博物館で所蔵品から見る漆のレクチャーです。
漆というと艶のある工芸品を想像しますが縄文時代から漆は使われてきました。漆の艶は磨くことで出るので縄文時代の漆はマットな質感なのですが学芸員さんの、恐らく漆の赤と黒は当時の人にとって「生」と「死」を表し、儀式のときに使われることが多かったのではないでしょうか、使うたびに削れる赤ごしに見える黒。まるで私たちの人生のようですね、という言葉にメンバー一同想像力が膨らみます。また、ガラス越しでない、直にみる縄文時代の資料は漆をぬぐった後が生々しく残っていたりと資料の強さというものを感じられる貴重な経験でした。
次に時は進んで安土桃山時代の洋櫃を見せていただきました。漆、金箔、螺鈿ととても華やかな一品でキリシタン大名であった会津城主が使用していたものだったそうです。恐らく大切なものを入れる宝箱のようなものだったのでしょう。このような洋櫃は西洋との外交でも使われヨーロッパの教会などにも残っています。一方で江戸時代以降の漆芸作品は色々なタイプがあり同じカテゴリーにまとめるのが難しく思うほどでした。会津の職人さんは柔軟に外からの技術を取り入れるためそのように多種多様になるのだそうです。このように時代を追って漆工芸品を見ていくことで会津を支える産業の一つ、という一面を知ることが出来ました。

お昼ご飯を挟んで場所を喜多方へと移します。
喜多方にはNPOはるなかさんの植樹林があります。衰退しつつある漆産業を支えるべく植樹や保存を行っている団体です。ウルシの木、というとウルシカブレのイメージが強いためウルシ自体が強い植物なのでないかと想像しますが、実際にはアブラムシや毛虫などにやられたりネズミにかじられたりして一定数をキープしたいと思うとどうしても人の手が必要なのだそうです。そして漆かき(漆を採取することを)も幹に傷をつければどんどん出てくるものなのかと思えばそういうものではなく、短い傷からだんだん長い傷へと数日間かけてゆっくりと漆が出やすい状態にもっていきます。雨の日には傷をつけない、初めの方は漆が出ていても採取しない、など漆の木と相談しながらの作業で、長年の勘が必要だと感じました。
これはこのエクスカーションを通して思ったことですが漆器産業が下火になるだけでなく、その職人さんたちが使う道具も作る職人さんが少なくなってきています。漆かきに必要な道具は長年の勘が必要な道具で日本で今それを作る職人さんは一人しかいないそうです。守りたい技術、伝統とはよく聞きますがそれと裏腹に私たちの生活は消費社会で器一つとっても代々大切に使い続けるという習慣はなくなりつつあります。守るべき伝統、の前には私たちの生活の見直し、もあるのでないかと思いました。

さて、会津漆の芸術祭は会津と喜多方に会場があります。
ということで今度は喜多方での会場視察。双方、公共機関と徒歩で回れるようになっています。
嶋新さんのところではとても大きな蔵を拝見。いくつかの蔵が連なっているのですが、なんと三十八間!かの有名な三十三間堂を超えています!2階部分がある蔵もあり登ってみながら自分たちのイメージと比べてみました。また、骨董品も見せていただいたのですが暫し今回の目的を忘れてしまうほどの物、物、物。付喪神もここならいる気がすると思えるような空間でした。
そして昨年東北画が展示した大和川酒造さん。先輩たちから素敵な場所だよ!と聞いていたのですが言葉のとおりで、水もお酒もおいしく「水の懐」を実感。去年ここで展示したのか、と思うと感慨深いものがありました。

これで二日間にわたるエクスカーションは終わりました。喜多方から会津に戻るバスの窓から見るずっと広がる田んぼを見ながら同じ東北ながら山形とは違う会津を思いました。
キーワードで想像していた会津は実際に歩き、人に触れることで血が通いはじめています。この感覚をメンバーと共有し、いい作品を作っていければと思います。
企画してくださった福島県立博物館の皆さん、今回お会いした皆さん本当にありがとうございました。
また会津に行けることを楽しみにしています。

長くなりましたが次の記事で他メンバーの感想を載せて報告、とさせていただきます。


日本画二年 石原葉





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