多田由美子さん

今回のneutron tokyoでの展示では宮城県で中学校の先生をしながら制作を続けている多田由美子さんにも出品していただきます。

「東北画」を携えて東北六県を巡業しようと向かった2010年の仙台展のトークイベントゲストとして来ていただいてからのご縁です。

その当時僕から見て、多田さんは東京を向いているように見えました。僕たちの住むこの地にこんなに多くの財産があるのになんで?という素朴な外部からの疑問から、そして学校の先生をしながらの制作という僕と同じ境遇にシンパシーを感じながらのトークセッションでした。

そしてついに今回12号の「東北画」の新作とブック形式の作品を出品してもらうことになりました。
今回ピックアップしたメンバー全員に「東北画は可能か?」という問いに対しての返答をもらい、会場の作品横に掲示します。僕にとってとても示唆的だった多田さんの文章を、みんなの先陣をきってここに掲載します。
100人いたら100通りの根源を持った作品群をぜひとも目撃してください!

                                              三瀬夏之介


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                          多田由美子 美術小説2「恋愛小説」2011年



「東北画ではないことの不可能性」 

 ちょっと懐かし過ぎるタイトルを付けてみる。そもそも、このプロジェクトに関わったのは2010年の仙台展のトークゲストに招かれたことが契機になっている。そして、このことによって、今まで考えもしなかった東北人というアイデンティティみたいなものと、東北という括りの中で一つの表現形式を探ることに目を向けざるを得なくなった。
 万人に等しく「東北画」と認知させる絵を描くのは不可能だ。「これが東北らしさだ」と作品の内部に見いだすことが出来るのは外部の視線に他ならず、それは外部から見た理想的な東北の姿でしかない。その姿は長年東北に住んで、東北が血肉になった作り手の意識には重ならない。指摘されて初めて、これが東北かと思うかもしれないが、それは像としては重なり合う類いのものではない。間には、経験とか、時間とか、風土とか、言葉とか、多くのカテゴリーが挟まれ、層をなす。この層(レイヤー)、またはズレ、そのものが地方性(ローカリティー)というものだ。だから、東北画とは出来てしまうものなのだ。東北画とは、描いた本人に意識されず、なお、自然に立ちあがってしまうもので、それが外部に東北画と意識されなくても構わない。だから、実は、本人にも他者にも不明確なままの表象として、ふらふらと表れる。東北画はそれでよい。
 東北は、辺境という差別用語で語られる。東北人には虐げられてきた歴史があるし、今でも都市生活を底辺から支える労働者でしかない。例えば、福島の原発が東京の不夜城を支えて来たように、(だいたい東北は20時には真っ暗だ。だからこそ、暗闇の中、展開される鬱屈した思考は計り知れない。)東北の農業が東京の胃袋を満たして来たように。しかし、辺境には辺境の言い分があるのだ。辺境だからこそ残っている、ある種明快な表現形式には独自性がある。
 2011年には、震災があった。東北人は押し並べて可哀想な人になった。実際何十年かかっても回復出来ない現実と、目には見えない修復出来ない記憶があった。そして今、あらゆる善意の嵐に巻き込まれ、その善意の有り難みを感じながらも、これが向かおうとしている先の不穏な空気を思う。しかし、東北画を考えるうえで、これは棚上げにすべきことで、可哀想な東北人の東北画の行方にしてはならない。だから、本題にもどそう。簡単に言えば、東北で作られる作品はすべて東北画である。東北画は東北画としてあらかじめ設定されて作られるものではない。その中に、どのように東北を見出し得るか、その心眼こそが、求めるところの東北画の可能性である。
 東北画はどのように見出されるのか。そしてそこから、作家がどのように独自性を身につけて、この足枷を解いていくのか、とても楽しみである。

                                              多田由美子

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